明日葉

庭の花・出かけた先の写真と気になったことを勝手きままに書いてます 錦織情報も🎾

大阪選手 全豪優勝 世界ナンバー1 


大阪なおみ選手 おめでとうございます
やりました グランドスラム連続優勝 そして世界ナンバー1
もう夢のような出来事 
皆さんとこの喜びをわかちあいましょう!!



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大阪選手が日本人として登録するわけとして このような記事を見つけた
13年9月の東レ・パンパシフィック大会の時だった。日本テニス協会の女子代表コーチだった吉川真司氏(40)は、日本登録で出場していた選手をくまなくチェックしていた。予選1回戦で敗れたが、1人の初めて見る選手に、目がくぎ付けになった。それが15歳の大坂だった。 「すごい才能だと思った」。すぐに当時の女子代表監督だった村上武資氏、植田実強化本部長に大坂の存在を報告。それ以来、日本に来たときは、味の素NTCで練習できるように取りはからうなど、地道な支援を続けてきた。吉川氏も代表コーチとして大会に派遣され、大坂が出場していれば必ずコンタクトを取り続けた。 大坂は米国テニス協会のジュニア大会に多く出場しているが、目立った成績は残していない。米国では完全に埋もれた存在だった。大坂一家は米国協会に支援を申し込んだが、大して取り合ってもらえなかったという。しかし大坂が16年全豪で予選を勝ち上がり本戦で3回戦に進むと、米国協会は強烈なアプローチを仕掛けてきた。 日米争奪戦の勃発だった。米国は女子代表監督が自ら乗り出し、多額の支援を約束したと伝えられる。だが大坂の父フランソワさんは、無名の時から娘を支援し続けた日本の恩義を尊重したという。だからこそ、いまでも大坂は日本で登録し続けるのだ。 

吉川氏は「僕は代表コーチとして手助けしただけ。コーチはバイン氏」と遠慮する。確かに、あくまで大坂の専属コーチはバイン氏だ。彼の手腕が卓越した大坂の才能を開花させたことは間違いない。母環(たまき)さんが、日本の文化や料理を娘に伝え続けなければ、大坂自身が「私のメンタリティーは日本人に近い」と認識することもなかっただろう。ただ、吉川氏がいなければ、大坂が「日本人」として4大大会の優勝杯を掲げることがなかったのも事実だろう。【吉松忠弘】



今日はこれで

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